南三陸ミシン工房
東日本大震災をきっかけに南三陸で生まれた工房は、ミシンと共に復興の道を歩みます。
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南三陸ミシン工房とは?とは
5年目を迎えて
2016.03.13
今年は、震災後初めて3月11日を南三陸で迎えました。

いつもこの時期は、東京で展示販売と活動報告を兼ねたイベントを開いています。
今年はオンラインショップを立ち上げたこともあり、展示会は延期して発送作業のために備えました。(オンラインショップはこちら)
3月11日はおかげさまで多くのご注文を頂きました。
本当に有難うございます。

お金がない中、支援で頂いた小さなミシンとハギレでものづくりのプロジェクトがスタート。
ガレキが片付いていないすさまじい風景のなか、ミシンを持って参加者の皆さんが集まってきました。
震災の翌年3月。多くのボランティア団体が一区切りつけて撤退する中で私も「もうやめちゃうんですか」「いつ帰るんですか」と参加者の女性たちから言われてました。皆が「続けたい」という強い気持ちが活動の継続を支えたのだと思います。
「被災者が作ったからっていうだけじゃ売れないよ」
「ままごと」
「プールに飛び込んでお前まで一緒になって、おぼれてどうすんだ」(プールサイドから浮き輪を投げてればいいんだよということのようです)
当初は応援一色でしたが、2年過ぎると、いろいろ言われましたが続けてきました。

被災した女性たちがミシンに取り組む様子にはとにかく胸を打たれ、「なんとかこの活動を続けていって安定させたい」と思う気持ちが冷やかしやご批判に勝りました。

集まった女性たちの中には優秀なミシンの腕を持つものが何人もいて、彼女たちを中心にミシンの技術向上に取り組み続け、製作販売面についても、たくさんの方からアドバイスをもらい、自分たちで試行錯誤しながら、いくつか売れ筋も出てきました。

「ものを作って売る」生産管理は、大変です。
始めてから気づきました。

しかも、ノウハウや販売ルートを持っていないゼロから始めました。
振り返ると、あまりにも無謀すぎました

生地や副資材はどこから仕入れるのか。作ったものはどこで売ったらいいのか。わからないことばかりです。
縫製メンバーも町内外に散らばって生活していますから、連絡を取り合うのも大変です。

縫製メンバーと必死に取り組んで来て5年目に、こうして自前のオンラインショップを立ち上げることができ、イギリスの生地で作ったポーチやペンケースなどの小物やオリジナルデザインの「ミナミサンリク」や「ウニ」も登場。

そしてそれらの製品を暖かく迎えてくださる方がたくさんいてくれたこと。

ここまで来れたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

イギリスの生地をそれなりに仕入れてこの日を迎えたので、皆様に買っていただき正直ほっとしています。
売れないことには在庫を抱えてしまい途方に暮れるところでした。

3月11日は、あわただしくオンラインショップのご注文の発送作業をしていたのですが、愛媛からトラックに八朔や葉野菜を持ってきてくれた方がいたので、縫製メンバーに呼びかけたところ、三々五々集まってきました。

ちょうど「2時46分」を迎えた時にサイレンがなりました。
ミシンに向かっていたひろ子さんは「え?どっかで火事!?」といった後に「その時間」を迎えたことに気づき小さく手を合わせました。

つた子さんは、オリジナル商品のティッシュボックスケースの裁断方法の新しいアイデアを語っていました。
「その時間」を迎えたことに気づいて、父ちゃんに電話して「祈ったか」と聞いてました。

そんな感じで5年目を迎えました。

いつまでも悲しみに暮れているわけにはいきません。
仕事をバリバリして、ローンを返していかないと。

30代から70代の女性たちが15名、メンバーとして加入しています。
まだ1/3のメンバーは仮設住宅に暮らしています。
今年はさらに数名が新居に移れそうです。

海と山が美しい町、南三陸。
食べ物がおいしくて、笑顔がすてきな人が住む町、南三陸。
そんな町のちいさな工房から生まれる布製品が多くの人に届いて、南三陸と繋がってくれたらと思います。

雇用を生み出すことと併せて、この町のことを伝えていくのも大切な使命だと思っています。
これからもどうかご愛顧のほど、よろしくお願いします。

南三陸ミシン工房 代表理事 熊谷安利
 
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