南三陸ミシン工房
東日本大震災をきっかけに南三陸で生まれた工房は、ミシンと共に復興の道を歩みます。
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南三陸ミシン工房とは?とは
ふなっしーとファンの皆さんのこと
2022.12.26
※こちらの記事は2022年3月に「南三陸ミシン工房友の会」の皆様宛てに送った記事をこちらに再掲しています。 *********************************************

2013年の3月にそれまで所属していたボランティア団体を離れ、ミシンの活動に関わってくれていた仲間と共に「特定非営利活動法人南三陸ミシン工房」を立ち上げました。

それを記念して初めて東京・銀座で活動報告と展示販売会を小さな画廊(だったような気がします)の地下スペースをお借りして開催。多くの方に訪れて頂きました。

そしてちょうどその頃に、ふなっしーの関係者から「ぬいぐるみを作ってもらうことはできますか」とご連絡があったのです。ぬいぐるみ製作を通じてなにか復興のお役に立てればという想いがふなっしーとその周りの関係者の皆さんにあったのだと思います。

今でこそ、知らない人はいないふなっしーですが当時はまだ無名で「この動画を見てください」とYouTubeのURLが送られてきたので拝見した動画には、キレッキレの動きを公園でしている黄色のぬいぐるみさんがいて、とにかくものすごく元気なことだけはわかりました。でもそれ以上のことはよくわからず、戸惑いの方が大きかったことを覚えています。

とはいえ、震災から2年が経ち、そろそろあちこちから依頼されたきた縫製の仕事も落ち着いてきた頃で、この先の活動が不安な時期でもありました。

私が元々はカーテン屋だったこともあり、私たちの活動に協賛くださった旧知のインテリアメーカーや全国のカーテン屋さんからノベルティなどのお仕事をもらって仕事を繋いできました。さすがにそれらの仕事も3年目となると、先方も「支援」という形で続けるのは大変です。そのため、少しずつ少しずつそうした仕事は減っていった時期でした。

ぬいぐるみは製作したことがなかったのですが、「毎月必ずお仕事をお渡しします」というのも魅力的でしたので、思い切ってお受けすることにしました。

当時は、ぬいぐるみ製作用の資材すべてが、ふなっしーのグッズを管理する会社から送られてきて、今と違って目と口も裁断されたものが送られてきました。

それをアップリケで本体に縫い付け、赤いほっぺたはマーカーペンでチョンチョンと付けていました。

本体や手となる生地も、グッズ管理会社さんが西日暮里などで仕入れてきたダブルガーゼ地が送られてきたようです。そのため、南三陸ミシン工房の作るふなっしーグッズの特徴的な「淡い黄色」は、本来のふなちゃん色の濃い目の黄色いダブルガーゼが生地屋さんになかったからなのかなと思っています。

ふなっしーは、ぬいぐるみを作り始めてすぐだったと思うのですが、なんとテレビCM(アサヒ十六茶)に出るようになり、一躍全国の人気者になりました。私たちが作るぬいぐるみのふなっしーは「分身ふなっしー」と名付けられ、ふなっしーが現れる全国のイベント会場で販売されました。震災から2年が過ぎたとはいえ、まだまだ復興への道のりは遠く、被災地もひどい状況が続いていたことを全国の皆さんも知ってくれていて、少しでも「商品を購入することでお役に立てば」と思ってくれたのか、大変な売れ行きだったようです。

誇らしくNPO法人を立ち上げたものの、資金繰りも最初から厳しく息も絶え絶えだった私たちを応援してくれる人が、ふなっしーを通じて全国にたくさん生まれました。

今もふなっしーやファンの皆さんが私たちのことを気に掛けてくれていて、本当に感謝しています。

その後、分身ふなっしーの製作注文と商品の買取り納品をしてくれていたグッズ管理会社さんは諸般の事情から解散されて、しばらくは分身の生産がストップしていたのですが、それならばと自分たちで生産と販売をしたいと別ルートからふなっしーにお願いしてOKを頂きました。

この時から生産販売を始めた2代目分身ふなっしーは、お顔の目と口と赤いほっぺが、アップリケ仕様から刺繍仕様に変更されました。そのために必要な刺繍ミシンは、クラウドファンディング(2015年8月スタート)に初めて挑戦して調達した資金で購入することができました。クラウドファンディングの時もたくさんのふなちゃんファンの皆さんが応援してくれました。有難うございます!

この2代目分身ふなっしーには、町内の福祉作業所さんにもお声をかけて彼らが手掛けている紙漉きを利用した再生紙を、分身ふなっしーの商品オビに採用することにし、ふなっしーの絵も皆さんに書いてもらいデザインに採用しました。みなさん、ふなっしーが大好きで大喜びで絵をかいてくださいました。

牛乳パックや酒パックを町内各所から集め、それらを細かくちぎってから溶かして再生紙とする作業は工程もたくさんあって大変なのですが、彼らの大切な仕事です。

ここから生まれた再生紙を使うことで、分身ふなっしーが売れれば福祉作業所さんにもお仕事が生まれる仕組みを作りました。

この頃には、継続してなにかを続けていくためには「仕組み」が必要なんだということが私たちも皆様からのご支援を通じてわかってきていました。

工夫をしてご自身もなるべく負担のない形で被災地支援を続ける方々は、それぞれに仕組み作りを上手にされていました(主に仕事に組み込んで個人ではなく組織として取り組む仕組みが多かったように思います)。

「可哀そう」とか「情熱」だけでは、無償の支援を続けられるのは半年が限界です。それ以上続けると、自身の体力も精神もボロボロになります。誰かの役に立ちたいとお声をかけても続かなければ相手にも迷惑をかけてしまうことがあります。

そんなことからの思いと、ふなちゃんの気持ちから感化されたのもあって福祉作業所さんに商品パッケージの一部をお願いしたのでした。大手の印刷会社に頼めばどれだけ安くなるかももちろん承知で商品パッケージのオビを福祉作業所さんにお願いしました。

原価がその分高くなり、多少販売価格に反映されてしまいますが、ふなちゃんファンの皆さんなら理解してくれると思いました。おかげさまで今も福祉作業所さんとのお仕事は続いています。

2018年1月には、DVD「ふなのみくす4」の撮影のために岩手に行ったふなっしーが、その帰りに南三陸のわたしたちの工房に立ち寄って頂き、分身ふなっしーの綿入れ作業にも挑戦してもらいました。そしてそのDVDの売上の一部をふなっしーがなんと寄付してくださり、2台目の刺繍ミシンを調達することができました。

刺繍ミシンというのは、進化が早く2台目の刺繍ミシンにはレーザーポインター機能がついていて、刺繍のスタート位置をレーザーポインターでお知らせしてくれるので、これには大変助かりました。

これまでに生産してきたふなっしーグッズは、ポケットティッシュケースや梨の妖精なのにふんどしを履かせてしまったという「エンヤードットふなっしー」(今でもお許しが出たのが奇跡のように思います)や、ふなっしーのお弁当袋や大判サイズのふなっしーのフラットポーチなどです。

もうすぐふなっしーが地上に降臨して10年の節目を迎えます。地上降臨5周年の時には、こちらも余裕がなくそんな大切なことも知らずにやり過ごしてしまいましたが、今回はお祝いの商品を作ってみました。もうすぐお披露目しますが、ド直球の祝賀商品となりましたことをご報告いたします。ファンの皆さんにはもしかしたら引かれてしまうかもしれませんが、お披露目まで楽しみにお待ちください。

ふなっしーは、いまもずっと見守ってくれています。みんなの太陽です。本当にいつもありがとう!
 
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